2012年 日本画のあはひうたの御題について

「鶴占<たづうら>」の御題は万葉集1791(巻九)
「旅人の宿りせむ野に霜降らば吾が子羽ぐくめ天の鶴群」

遣唐使の親母の作と伝えられています。一つ前に収録されている同じ作者による長歌の反歌です。
口語訳すれば、「旅人の宿る野原にもし霜が降りたなら、私の子をその羽で包んで守って下さい、天の鶴たちの群れよ」といったところでしょうか。

遠い異国へ海を越えて危険な旅に出かけて行く独り子の無事を祈り、「竹玉(たかたま)を繋(しじ)に貫(ぬ)き垂(た)れ (管形の玉を沢山糸に通して連ね)」「斎瓮(いはひへ)に木綿(ゆふ)取り垂(し)でて (神様に捧げる水を入れる御瓮に木綿を掛けて垂らして)」、一心に神祭りする長歌の内容から、この母親の鶴への願いは、私たち現代人が抱くような、単なる空想や願望の次元ではなかったのが分かります。

古代の人々には鳥形霊信仰があり、特に鶴のように大きくて美しく渡りをする鳥は、彼らの目には神、先祖の霊の化身と映っていました。また、鳥の飛ぶ姿や鳴き方から、行く末の吉凶を知ろうとする鳥占(とりうら)の風俗もありました。ですからこの歌は、神への切実な祈りそのものだったのではないかと思われます。

底が平らで波に弱い船での命懸けの旅。よしや難破を免れて唐に辿り着いても、そこから更に長安へは、長い道のりが待っていました。新年の朝賀への朝貢の使節を兼ねていたとすれば、初夏の船出に始まる彼らの旅は、真冬まで続いたことでしょう。朝賀が終わっても、留学生や留学僧たちは、そのまま長い年月を、異国の都で忙しく過ごしました。

この母親は、果たして帰り来た我が子に無事に会えたのでしょうか……。 そんなことに思いを巡らせながら、うたを書きました。

このうたに合わせて描いた絵「鶴占<たづうら>」は、拙いものですが、沢山の方々に御助力戴いて何とかここまで描くことができました。いつもご指導戴いている中野邦昭先生は勿論、教室のお仲間の方々や、鶴居村で出会った素敵な鶴追い人の少年T君に、この場を借りてお礼申し上げたいと存じます。