2012年2月の御題について

「春宴」は何年か前の春に書いたうたで、御題は万葉集1433(巻八)大伴坂上郎女
「うち上る左保の川原の青柳は今は春へとなりにけるかも」

口語約すると「私が遡(さかのぼ)って行く左保川のほとりの青柳は今は春の頃になっていたのだなあ」と言ったところでしょうか。ただし、「うち上る」は「左保」の枕言葉だとする説もあるそうです。

脚注によれば、左保の地で開かれた宴で読まれた歌らしいとか。

作者の大伴坂上郎女は大伴家持の叔母で家持の正妻・坂上大嬢の母にもあたり、万葉集に単・長歌合わせて84首を残しています。生涯に三人夫を持ちましたが、三人ともと死別し、後半生は妻を亡くした異母兄・大伴旅人のいる太宰府に下向するなど、大伴家の家刀自として生きました。帰京後は屋敷のあった左保で暮らしたそうです。

彼女の歌にはのびのびとした明るさやユーモアを感じさせられるものがあり、この題歌からも楽しい春の宴に良く似合う爽やかな印象を受けます。

それで、このうたは「春の宴」、「川を遡る」、「川岸には芽吹き始めの柳」といったイメージをつなぎ合わせながら思いつくままに書き始めてみたところ、粋狂にも雪解けで増水した春の川に舟を浮かべて、その上で暢気に宴を張りつつ流れを遡って行く、人ならぬ者たちの詩になりました。毎年山川を、冬は下って来て、春は上って行く、そんなイメージがあります。

「芳気(はうき)」は「香気」、「羅帷(らゐ)」は「薄絹の帷(とばり)」、「萍桂(へいけい)」は「日と月、また時の経過、日月」、「嚠喨(りうりやう)」は「(楽器などの音が)さえ渡ってよく響くさま」をいうのだそうです。

「山桜桃<ゆすらうめ>」の御題は夏(仲夏)の季語・「山桜桃」。
バラ科の落葉低木で、桜に似た白または淡紅色の花を晩春に咲かせ、その後赤い丸い実をつけます。子供の頃、近所にあった林にこの木が生えていて、ちょうど実がなる頃お散歩に行ってこっそり食べてみた淡い記憶があります。

少々季節外れですが、先日、「櫻」という字が、漢字の故郷中国では「ゆすらうめ」を指していたと知り、以前書いたこのうたを今月のコーナーに載せたくなりました。