2010年9月のあはひうた(1)

      万葉集1682(巻九)柿本人麻呂歌集所収
「とこしへに夏冬行けや裘扇放たぬ山に住む人」より

御題等について、詳しくは補記をご覧ください。

族人<うからびと>

  遠くて近い風の裏
  木の葉の踊る そのあはひ
  しなの木の影揺らめかし
  碧空の中唄つては
  錦の山に宴する

  懐かし過ぎて忘れ果て
  月の明かりに揺らされて
  ふと想ひ出す人たちは
  ゆらゆら陰る枝の先
  行く先々の草の蔭
  今日も居るよで 居ないよで
  やがて笑つて遠ざかる

  川の流れの清らかさ
  花の香りのやはらかさ
  午後の日向で楽しんで
  露天で甘い露集め
  紅葉の上で宴する

  青馬駆ける草原を
  冬呼ぶ風が渡るとき
  銀の鈴鳴る音のして
  儚いいのち脱ぎ去つた
  懐かしい人宴する
  訪ね行くのは無駄なこと
  塗り杯の光る宵

  八十年前に逝きし人
  まだ生まれ来ぬ幼い子
  錦の山に草の野に
  鈴鳴らしつつ宴する
  紫の朝月の宵
  日向の園生あの闇の森
  遠くて近い風の裏

      与謝蕪村「山は暮れて野はたそがれのすすきかな」より

夕暮れ

  焼けてとろけた夕空を
  松がか黒く切り抜いて
  はるかに続く野辺の道
  暗く遠山横たはり
  列を作つてゆく雁は
  天から声を降らせます

  野にはすすきの光散る
  はるか小道のたそがれは
  誰かかくれてゐるやうで
  そのふる指が見えさうで
  楽の調べを口ずさみ
  列を作つて飛ぶ雁を
  野をさかるまで見つめます

  過ぎた昔の光揺れ
  過ぎた昔の光散る
  金糸銀糸のすすき原
  愛しきひとの指のおもかげ
  隠(なば)らせて日は沈みます