2010年9月のあはひうた(2)

      万葉集3515(巻十四)東歌
「我(あ)が面の忘れむ時(しだ)は国溢(はふ)り嶺に立つ雲を見つつ偲はせ」より

御題等について、詳しくは補記をご覧ください。

里雲

  明日遠くへ立つ人を
  崖ごしに入り日は照らし
  老い鴬の狂ほしく
  森で鳴く声聞こえます
  残る想ひを歌ふかに

  別れに向かふ夜は更けて
  涼しく夏の月は照り
  遼遠(れうゑん)の地へ往く人の
  睦言に身を任せます
  下紐結ぶ東雲(しののめ)に
  誰となく呼ぶ声します
  早く早くと責めるかに

  草結び往き荒野行き
  荷重きに振り返るとて
  遥かに嶺は重なりて
  古里の我(わ)ぎ家(へ)は見えず
  旅愁は募る道ならん

  嶺(ね)に立つ雲よ国離(さか)り
  荷を負ふ人を守りませ
  棚引く先のその心
  疲れ果て我が面さへも
  苦しさに忘れむしだは
  燃ゆる青葉の古里の
  復(を)ちの力を届けてよ

  都の守りせむ人を
  勤めの永き年月に
  費やす飢ゑと災ひを
  東雲に我が標(しめ)結ひし
  野に草摘みて祓ひます
  はららく花の色映す風
  関門(せきど)をさして渡ります

      種田山頭火「踏みわける萩よすすきよ」より

追憶

  舟さへ浮けて行けさうに
  見渡す限り萩すすき
  綿毛の遊ぶ波間より
  今日もあの唄聞こえます
  留守もる女人(ひと)のゐた頃の

  萩がゆつくり揺れるので
  ぎいと扉を開く夢
  呼び醒まされてまた消えて
  すすきの波に夕日射し
  砂子の光散らします
  傷つけた女人(ひと)返らぬ昨日
  呼び醒まされてまた消えて