2011年3月のあはひうた

      万葉集8(巻一)額田王
「熟田津に船乗りせむと月待てば潮(しほ)もかなひぬ今は漕ぎ出でな」より

御題等について、詳しくは補記をご覧ください。

熟田津<にきたつ>

  熟田津に月待つ船の
  際にて波に耳澄まし
  旅行く先を思ひます
  潰(つひ)ゆべきこの戦とて
  熟田津に船集ひたり

  吹く風が潮跳ねあげて
  波が船腹揺らす宵
  残る族(うから)を偲ぶなへ
  竜吟胸に響きます
  切なく揺れし笛の音と
  昔の里の思ひ出は
  途切れなく蘇ります

  月白(つきしろ)の山際(やまぎは)を背に
  清らに装ひたる巫女の
  まさに告ぐるは大王(おほきみ)に
  天より降(くだ)るとふ言葉
  亡国の王子(みこ)支へよと

  白浪越えて異国(とつくに)の
  焔(ほむら)求めて征く船に
  もはや帰らむあてはなく
  愛(かな)しさ誘ふ眼間(まなかひ)の
  馴れにし妹と子らの影
  雲雀の春の里の朝
  濡れて光りし初桜

  今は船出と潮は満ち
  松明(まつ)の炎も あかあかと
  泊てし港を後にして
  漕ぎ行く船は続きます
  銀の月影追ひ来たる
  軍(いくさ)船路(ふなぢ)の その先の
  畳々(でふでふ)として果て無き波と
  崩(なだ)れむ運命(さだめ)引き受けて

      季語「早蕨」より

早蕨

  囁やき交はす春山の
  童(わらは)の膝をつつきます
  螺旋とまではいかない腕で
  微睡(びすい)の夢を抱いてます